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Projekt Einklang トーマス鍼灸院 参考資料 〒240-0112 鍼灸関連 Page 翻訳関連 Page
腰痛 = One-Point Advice (一ツボアドバイス)
About "Severe Acute Respiratory Syndrome" (SARS) メーリングリストの連絡に対する返事と少し「馬鹿げた提案」。 > Tom Buckley Consultant Intensivist
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passed along in
many ways 旅行するたび、又は外国人の友人あるいはお客さんとの話においていつも一つ妙なことに気付きます。日本は世界中から膨大の情報を取り入れ、国内にあらゆる形で分配します。どの小さな街角の本屋さんにも世界各国の本の日本語版の本を多数が置かれています。しかし、その反面諸外国において本屋さんに日本語の文学、あるいは他の分野(これに関して特に私の専門分野の東洋医学について詳しい)の翻訳文非常に乏しい。
葉山町の町長殿 これは町長宛のオーペンレターでした。数年前に。 私はも10年以上葉山に住み、本来この町大好きでした。文字通り、輝く海に面して緑の山々な町でした。都会嫌いな私にとっての楽園でした。 しかし、最近はどうでしょう。 今何年の間に町中に多数のマンションを建設されました。そのいずれも町民の反対の声を無視している上に、当然のように大規模な自然を破壊しました。今度元町に7階のビルが建設が始まりました。高層ビルの建設を制限する法律が12月に施行される予定ですので、急いで11月で着手する手際に感服しかありません。 以前緑豊かの町はその他でもまるでカビのように生えてくる団地(住宅地で密集する個人宅)埋め尽くされます。子供達の遊び場所は勿論なくなるし、町並みは古代ギリシャ神話や西部劇場からコピーしたのような建築物で完全に蒸発してしまいました。 このような建築ブームは「開発」と名づけられていますが、 これが「破壊」発と言うべきでしょう。 そして今までの発展と現在進行中の計画を見ますと、その結論は明らか: 町を破壊することは大成功でした。 外国人は日本について情報を収集しますと(観光ガイド等)「日本人は自然を愛し、日本の文化(ここ特に町作り/建築)は自然との調和を目指す」というようなイメージは世界に向けて発信されます。 もしそうであるならば、日本人としてこの町の「破壊」発でよくも恥ずかしくないと私は嘆息せざるを得ません。ここに日本の文化が好きですから来日した私個人の意見(これもまた無視されるに違いありません)しか表現出来ませんが、同感する人恐らく大勢います。 追加: 湘南国際村も上記の「破壊」発の象徴的な例です。 これが「国の癌」と称すべきしかありません。 「癌」と言う言葉は古代ギリシャのヒポクラテスによります。女性患者に大変進行した乳癌を見て、中心の腫瘍部から周りに浸潤する組織や拡張した血管は胸に蟹が座ったように見えたようですので「カニ」=cancer (癌) と名づけました。 本来山があった所に、今「村」となっている腫瘍部から四方八方に建設される道路を飛行機から見れば、いかにも「癌」のように見える筈です。そして、当然そこに建設されている建物は30年後世界遺産と指定された伝統的な日本建築物と違って「立派」や「素晴らしい」などと言われる見込もありません。 自然の「破壊」発が確実に進んでいます。 これを許可する人、つまりあなた(代表)、の責任が問われます! 一旦無くなった(絶滅)した物は「帰らぬもの」です! 日本の文化や自然の消滅を嘆く悲しむ外国人より
日本医師会への手紙この文章を出してから2ヶ月 − 反応はありません。 安心できない!!! 先日病院に行ったとき日本医師会が発行した冊子を頂いた。そのタイトルは「国民が安心できる・・・」と始まる。私は税金も国民健康保険も払っているので、私もその該当者になると信じている。しかし、現在の医療はとても安心して受けられないと思っていますので、日本医師会の会長宛以下の文書を郵送しました。 何かの形でお返事を期待しています。 もし、返事がありましたら、この文書のあとにつけます。 ・・・・・・・ 日本医師会 坪井会長殿 突然にお便りを差し上げて大変申し訳ありません。先日病院で日本医師会が(2001年4月)発行している「国民が安心できる」と言うパンフレットを頂いてからどうしても個人的な意見を表現する他、少々の不満を訴えたいと思います。 これで先生がページ13に「是非、ご意見をお聞かせください。」書いてある招待に答えます。 私は神奈川県三浦郡の葉山町で鍼灸院を経営しているドイツ人です。トーマス フラーゼイェービッツと申します。 私個人として(鍼灸や東洋医学関連や他の団体の代表としてではありません)貴団体にご連絡をさせて頂きました。「一人の個人」に過ぎませんにしても、先生の反論、又はコメントを正式に要求したいと存じます。 「国民が安心できる」とパンフレットで主張されていますが、それは多いに希望的観測が含まれる非現実的な概念だと思わざるを得ません。このパンフレットに書かれている事を全て否定はしませんし、又は「なるほどそうか」と思わせる部分も決して少なくありません。しかし、以下私は個人的の批判を述べさせていただきます。 先ず、ページ3「3つの優れている特長」を見ます。国民皆保険体制と言う概念には全く依存ありませんが、その次にあげられている「安定感のある方式」には問題あります。私の収入(自営業)各何年間の間に減りつづけているにも拘わらず保険料が絶えず高くなり、そして強制的新たな保険料(介護保険)が上乗せられました。更に新しい「保険料」が考案されるまで単に時間の問題でしょう。私は子供が4人もいますので、其の保険料と医療費の自己負担は決して「安い」とは言えません。どちらかと言うと「病気になっていられません」と言う状態です。 そして、「質のいい医療が受けられる」と言う事ですが、日本には「いい医療」受けているとはとても思えません。ご存知のように通常の診察は2−3分で終ってしまいます(初診のときも!)。その診察にあっている医師は超人で無い限り質のいい医療を施せ無いはずです。例をあげます。 1. 例えば、ある患者は以前から腰から脚にかけている痛みを訴えましたが、狭心症で一時的入院しました。そこで心臓を専門とする内科の先生は主治医としての他に、脚の痛みのため整形外科の先生も診察しました。その一ヵ月後私は初めてその患者の所へ往診しました。触診によって即に脚の痛みが「腰のせい」ではない事を判明しました。腹部に拳大の腫瘍がありました。内科の先生も整形の先生も自分の管轄範囲外ため腹部を触診しなかったそうです。(すれば必ずあな腫瘍を見つけるはずでした。) 私は現在6年間を開業しているが、数の非常に少ない来院する患者の中に、上記のような患者既に少なくとも3人いました。いずれの患者は同時に「高度医療」を施す医療施設に受診しました。 2.
先日75歳の女性の新患が来ました。初診時に腕の痛みと挙上不能を訴えた他に、罹患の上腕部に1っ週間程前と推定される内出血が見られました。問診と触診の結果として私は「筋肉の少なくとも部分断裂」と判断しました。念のためx-線写真とるため患者を整形外科に受診させました。整形の先生は「石灰沈着のため血管が切れた」と判断し、局部注射と内服薬及び湿布で構成されている治療を開始しました。数回治療した後に効果が全く見られませんのでMRIを撮り、後ほど専門家に読影してもらいました。診断:肩板損傷症。しかも、前方挙上不能のためこの判断が少々疑わしいと思います。いずれにして専門家であるはず整形外科の先生は治療に戸惑い、高価の検査方法を利用しない限りに「診れば分かる」と言うものが分からない事は決して「いい医療」とは言えませんでしょう。 似いている例を永遠に羅列できるでしょうが、それはこちらの目的ではありません。私は言いたい事が十分伝達されていると思います。 尚、その3つ目「保険書を使って、何の制限も受けずにどこの医療機関でも、どのお医者さんにでも自由に診てもらえて治療が受けられる」。これは私の立場から見て随分失礼な事だと思います。 医師の選択に関しては問題ないかもしれませんが、保険書を使って例えばお産の費用は対処外となります。そして整骨院では保管が使えるのに鍼灸院では使えません。これはどう言う事でしょうか。 その他、ページ5に書かれている「老人医療費の増大」も決して運命ではありません。上記にあげました「2分診察」では肉体と精神的な問題にどうにも対応できません。結果として無意味に毎日「病院通い」する事は、医療費の増大ではなく、医浪費の増大である事が間違いありません。 結論としてページ13に書かれている「安心して子供が産める社会、老後の生活に不安がない社会をつくるため・・・」に対しても簡潔な反論を加えたいと思います。 第一、 とても安心して子供産める国ではありません。乳幼児死亡率が低いかもしれませんが、お産自体が非常に高価だけではなく、その後子供に関して発生する費用は、先ず子供を産まない決意を固める一方でしょう。 第二、 現時点かろうじて支払っている国民年金料では、既に崩れ始めている保険、介護や年金制度を考えると、世界一高い国では安心して老後生活を送れる事はとても考えられません。 最後にお詫びします。通常の日本語、敬語ともに大変未熟なため、恐らく多数な個所で失礼な発言になりました事に違いありません。どうかお許しください。 先生(又は医師会の)のご返答が心から待ち遠しいです。
/////////////////////−> これに対して反応がありませんでしたので、もう一度坪井先生宛てに以下のような手紙を出しましたが、やはり「返事」はありません。一般庶民を相手にする先生ではないでしょう。
Dr. Tsuboi A little while ago I took the liberty to sent you my “opinion” regarding the April 2001 brochure “国民が安心できる…” published by the Japan Physicians Association.
In this brochure you encourage the reader to communicate his/her opinions
to you. I did that, sending you a 5-page text in Japanese. This text is
currently open to the public on my web page. In this text I did not only present
you my opinion, but also asked at least one question. I was always under the impression that it is common courtesy in the international community to answer when asked a question. Since you (that is the Japan Physicians Association) apparently does not care about what people think or to answer, I believe, I am free to cite this behavior of the Japan Physicians Association during a presentation on the coming Sunday (癌と鍼灸)or in other scheduled publications. Thank you very much for your attention. Thomas Blasejewicz
鍼灸師はどの程度癌の発見に貢献する可能性について学会で発表しました。 その内容の要約はここに記載、 当日使われたスライドはPowerPoint fileをこちら。 (上記のリンクに右クリックすればダウンロード画面が表示され、保存先のフォールダーの指定によりこのPowerPoint fileがダウンロードできます。)
鍼灸師も医療チームに参加を 現代医療は先進国において「高度医療」は高度の技術と専門知識を習得した専門家を必要とします。しかし、情報時代の現在ではその専門知識の情報量が指数関数的に増え、専門家達はその専門分野以外のことを十分に把握でききれない状態が避けられません。 一方、「臨床現場における「勘」の利用を廃止すべきである」と報道され、「エビデンスベースド医療」の方向へ発展しつつあります。これらの発展に伴うべき横の連携が発達している「治療チーム」の構成は現在まだ不十分と思われます。 ここで鍼灸師などの職人の役割があると思います。つまり、鍼灸師は職人であり、長い臨床経験を通して自分の触覚や勘を鍛えているため、「患者の体の表面に書かれているデータを読み取る」ことによって、日常的の診察で見落としやすい病態を発見することが可能でしょう。 例えば、以前から腰脚痛を訴えるある患者が狭心症で一時的に入院しました。そこで心臓を専門とする内科の先生が主治医となり、脚の痛みのため整形外科の先生にも診察を受けました。その一ヵ月後私は始めてその患者を往診しました。触診は、脚の痛みが腹部にある拳大の腫瘍によるものだと判明しました。内科の先生も整形の先生も自分の管轄範囲外ため腹部を触診しなかったそうです。 私の治療院で過去6年間の来院患者の中に上記のような患者が既に3人ほどいました。いずれの患者も「高度医療」を受診しました。私の治療院において年間の治療数は500回前後です。未だ癌が発見されていない患者が2年に1人、あるいは1000回の治療ごとに1人がいる可能性が高いと思われます。日本鍼灸師会によって全国に凡そ14216軒の治療院があります。患者数が私の治療院と同程度だと推定しても、年間最低7,500人の患者において鍼灸師が癌を発見する可能性があります。従って、統計学的な観点からは、鍼灸師も絶えず、来院患者の中には病院にかかっているにも拘わらず、未だ発見されていない癌があり得る可能性を念頭に置かなければなりません。 よって、鍼灸師等の職人は癌の発見にこれほど大事な貢献をするので、充実した医療を支えるために医療チームに加えるべきだと信じています。
(この文章は東京新聞の投書欄に出ました。) 最近毎日のように「電気不足」と言う表現を聞いたり、読んだりします。しかし・・・ 昨日用事があって久振り東京に行ったらびっくりしました。渋谷、新宿などの商店街、デパート、個人の店やレストラン・・・見渡す限り軒並み表のドアや窓を全開しながら店内の冷房はフルパワーで稼動中です。ドアぐらいは自分の力開けたり閉じたりする事出来るでしょう。 先進ヶ国の人口が全世界の人口の1/5程度でありながら、全世界のエネルギー消費の約80%を利用している事を考えるなら、商店街の店は人類に対すして限りなく無責任な行為を行いながら、自分たちはまだまだ足りないと騒いでいる姿見ていられません。まだ生まれてもいない孫に「どうして地球が破壊されたか」と聞かれたらなんと答えましょうか。
これは大変頻繁に使われる言葉だ。映画で「リラクスしろ」も良く出るし、最近の「ヒーリング」ブーム関連で「リラクゼーション」が酷使される語句だ。 それはどう言うことか少々考えたい。 語源 ラテン語 relaxare より. (re-再び+laxare ゆるめる、例えば英語では
「laxative」 は下剤の事を指している). 要するに意味は …をゆるめる, 和らげる(他有り)。 つまり、本来は「lax=ゆるい」であったものは何かの加減で「緊張」してしまった。「re-再び+laxare
ゆるめ」ない限り肩凝り、頭痛、不安感、目の疲れ等など多彩な症状がでる。
図1 人形をもって体の神経支配を立体的に表現する人形(humunculus)
人体の外側にある筋肉、つまり骨格筋は例外なく「随意筋肉」と呼ばれ、理論的頭の命令通りに働くはずだ。ならば「リラクスしろうよ」と頭で命令すれば体の緊張が緩むはず。肩凝りなんて問題どこにもない!
しかし、そう上手くはいかない。動物や人間の赤ちゃんは簡単にリラクスは出来るが、通常の人は一苦労せざるを得ない。動物の場合「活動・狩」などを行わない限りのんびりと構えている。人間の赤ちゃんは安心した状態にあると自分の体を完全他の人に任せてリラクスする事ができる。赤ちゃんを抱いたままで寝てしまうと突然ぐっと重くなることがある。その際全身の筋肉の緊張が一気に緩む。 詳細の説明は非常に長くなるから少々省くが、上記の「一苦労」の一つの原因は現代社会がもたらしている「頭でっかち」であり、要するに頭ばかりを使って、体を使ったり,感じたりしない(病気以外)事にあるでしょう。 肩凝り等で悩んでいる人がいるとすれば、本来自分の意志で肩の筋肉をリラックスさせればよい。理論的に可能なことだが、どう言う訳か出来ない。なら何が出来るのか。
こちらも詳細のことを省かざるを得ないだが、人間の「神経支配」を少々考えてみると閃かれるかもしれない。知覚神経(ものを感じる神経)及び運動神経は両方とも均等的体中に「配線」されている訳ではない。顔、特に唇と舌や手の先では他のところに比べて非常に密集している(イラスト1と2はそれを表現している)。そう言うわけで赤ちゃんは先ず何でも口に入れて、そしてもう少し成長したら、何でも「手にとって把握(=理解=ドイツ語では“begreifen“)使用としている。唇や手から大変多くの情報が脳へ伝わる半面に、この部分の制御(運動機能)も極めて綿密だ。 肩を選択的に「リラックス」出来ないかもしれないが、細いに制御できる手指を意図的にリラクスする事は少々の練習で可能になる。そしてその感覚を覚えていけば力を抜く範囲を段段と広げて肩や他の部分まで波及させることは決して夢ではない。リラクゼーションも訓練が必要だ。
日頃ちょっとした時間あれば、一息をして、楽に座るようにしておいて、 図3
こんな光景を描いて心広く緩やかにする
「性」とは社会的、文化的、歴史的など多方面から影響または制限を受けている。場合によって「語るべからず」 (taboo) ものでもある。しかし、「性」無しでは「人間」を語れない。 人間と動物の違いは上記の社会、文化、歴史、教育や宗教的要素にはある。「性」の刺激を受けてもそれに直接対応する行動をとらない人(つまり日常生活では大半の人々)は長い教育課程で「無理やり」に身に付けた「自制」を効かせている。 実際に男女は絶えずお互いに性的刺激を送信する事はそれより遥か昔から存在するシステムであり、全ての文化、教育や宗教より根が深い。 どれ位か?地上に多細胞生物が現れているから、それらの生物の殆どは雄−雌に分かれて繁殖する。そして繁殖は無論その種の存続のためである。 女性の真っ赤な唇(口紅を付けるのは只の流行ではない!)、体曲線が自然と目立っていた上に服装で強調し、製薬会社がちゃんと性的刺激物と添加する香水を付けると、「自動的」に男性を発情させる「繁殖力有り」と言う刺激を送信する。当然男性は「自動的(無意識に)スヴィチ」が入るようにプログラムされている(遺伝子が作動する)。人類の祖先時代以前から! 男性の場合逞しい姿や豪華そうな服装 / 振る舞い / 持ち物(例えば車)を披露することにより女性も「自動的(無意識に)スヴィチ」が入る。動物の世界と全く同じ仕組みですが、人は動物や昆虫と「同じ手」を使って異性に性の暗号を送信すると指摘すれば大抵怒られる。
「性」は生物にとって固体の生存意志に続いて二番目強い力はである。この多大な力はあらゆるものに注ぎ込むことができる。活動の動機は大半この「性」にあることを認識し、この力をcreatively (独創的)and productively(有意義的) 利用すれば、世の中は随分明るくなると確信している。
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Women and wine make
kingdoms fall,But study does no harm at all. (Song dynasty, 960-1279) |